天國之園/Garden of Heaven マカオ・プロテスタント墓地マップ

¥ 500

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『天國之園 / Garden of Heaven - 馬禮遜墓園文化地圖 / The map of Old Protestant Cemetery (Macau)』
ポスター(8つ折り冊子式)

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中華文化と欧州文化が絶妙に入り混じるマカオ。建物やインテリアの色彩、細工、そして街並みにグッと心掴まれた方は多いと思います。
世界文化遺産に指定されているプロテスタント墓地。日本人にとっては非常にマニアックな観光スポットですが、当時の中華圏とヨーロッパはどんな接点を持っていて、どんな交流をしていたのか、思いを巡らせるとワクワクしてきます。(ちなみにこのプロテスタント墓地は開園時間において実際に中を歩くことができます。)
今回、マカオから取り寄せた『天國之園/GardenofHeaven - 馬禮遜墓園文化地圖/The map of Old Protestant Cemetery (Macau)』は、そのマカオ最古のプロテスタント墓地案内イラストマップ。ここに眠る要人だけではなく、墓石の材質や墓石に掘られたフォントなどについても解説があります。
デザイン・イラストレーションは、以前Offshoreでも取材したSomething Moon DesignのCk Chiwai Cheang(通称ck)。全面開いたときの情報量は多く、ポスターにもなります。また紙の手触りも心地良いので何度も見返したくなる出来上がりです。

日本では、30部のみ販売、Offshoreのみでの取り扱いとなります。

※参考「プロテスタント墓地」(マカオナビ)
http://macau.navi.com/miru/178/

以下、Something MoonオフィシャルFacebookページより引用

前言 Preface: https://goo.gl/3L38xL
索引 Itinerary: https://goo.gl/MTkA9q
20 個長眠人物 20 RIP: https://goo.gl/ZxpNIY
7 個頭像 7 Profiles: https://goo.gl/wZhyWO
植物 Plant: https://goo.gl/wGCIQT
石材 Stone: https://goo.gl/Oko7Gj
字體 Font https://goo.gl/Xi2hGI
入園需知 Entry notice: https://goo.gl/xuROOU
標準字 Logotype: https://goo.gl/8h8o7E
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澳門曾經是中國與西方連繫的主要窗口,各懷夢想的歐洲人,透過遙遠的航程前仆後繼來到東方冒險尋找機會,當中少不免有客死異鄉。然而,葡萄牙人不允許非天主教徒的西方人安葬於當時的「#天主聖名之城」內,居澳的歐洲基督教徒只好把亡者遺體葬於附近海島、海岸或偷偷安葬於城牆外。
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1821 年,馬禮遜牧師的夫人瑪麗去世,經英國東印度公司出面與葡人交涉,終於取得開闢墓園的許可。後來不僅公司職員,其他國籍的基督教徒,也允許安葬於墓園裡。直至 1857 年,由於衛生及市政管理原因禁止下葬為止。墳場一共有 189 個墓碑,墳場內最後一個墓碑設於 1977 年,為香港的賴廉士爵士(1898-1977),特以紀念他生前研究馬禮遜墓園的貢獻。
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In the 19th century Macau served as the major gateway of trade between China and Europe. At that time ambitious Europeans were on their long journey/adventure to come to the orient for business opportunities, some of them passed away during the trip. However, non-Catholic westerners were not allowed to be buried within the city limits “Cidade do Nome de Deus” under the Portuguese governance. This left European protestants no choice but to either abandon the bodies into the sea, or secretly bury the deceased along the coast, on some islands or outside the city wall.
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Robert Morrison, an employee of the British East India Company (BEIC) proposed to open a cemetery for Protestants through the East India Company, this was prompted by the death of his wife, who was also a protestant. The permission to open a cemetery within the East India Company was granted by the Portuguese. Later on, the right for burials of Protestants was expanded, even non-staff protestants were allowed to be buried within this cemetery.
In 1857 new public health regulations were introduced and the cemetery no longer accepted new burials after that. There is one exception made to Sir Lindsay Tasman Ride, who was the last deceased buried in this cemetery in 1977, in honor of his academic contribution to the cemetery.

 19世紀のマカオは、中国とヨーロッパの貿易の玄関口でした。野心溢れるヨーロッパ人たちは、長旅の末にマカオにたどり着き、東洋でのビジネスのチャンスを探り冒険します。一部の人々は、その冒険の途中に亡くなってしまいました。当時はポルトガル領だったマカオ。カトリック教徒でないヨーロッパ人たちの遺体は、市の規制によって埋葬することを禁じられていました。ヨーロッパからやってきてマカオで亡くなったプロテスタントは、遺体を海に流すか、海岸沿いに秘密裏に埋葬するか、市外の小さな島に埋める等、正式に遺体を埋葬してもらうことができなかったのです。
 東インド会社に勤めていたロバート・モリソンは、東インド会社を通じてマカオにプロテスタントのお墓をつくることを提案します。亡くなったロバート・モリソンの妻も、プロテスタントだったのです。ポルトガルの人々からの寄付と東インド会社によって、プロテスタントの墓地がマカオに誕生します。それから、プロテスタントの人々のみならず、あらゆる要人が埋葬されることとなりました。
1857年に墓地は埋まり、新しい故人を迎えることはなくなりました。しかし、この墓地の研究において功績を残したLindsay Tasman Ride(1977年没)のみ、例外としてこの墓地に眠っています。(対訳・山本佳奈子)

2017.4╱Publisher: Root 我城社區規劃合作社╱Illustrator & Graphic Designer: SomethingMoon.com╱Project Coordinator: Hoi Ian Lei╱Editor: Iek Chit Lam╱Author: Alex, Lek Hang Chan, Alex Lou, Hoi Ian Lei, Iek Chit Lam, Ck井, Helios Ng╱Size:495 ✕ 705 mm╱ISBN: 978-99965-306-0-9